今回は、「アヒトフェル」のことを書こうと思います。あまりなじみのない人ですが、
「アブシャロム」のことから派生して、少し書いてみたいと思います。
もともとアヒトフェルはダビデの議官をしていた人でした(Uサムエル15:12)。
そのアヒトフェルがアブシャロムの謀反に呼応して、荷担します(15:12、31)。
その情報は、エルサレムから落ち、オリーブ山の坂をはだしで、
泣きながら登るダビデのもとのもたらされました(15:31)。ダビデはそのとき、
「主よ。どうかアヒトフェルの助言を愚かなものにしてください。
」(15:31)と祈ります。
ダビデがそのように祈るのは、アヒトフェルがたいへん頭のいい人だったからでした。
「当時、アヒトフェルの進言する助言は、
人が神のことばを伺って得ることばのようであった。アヒトフェルの助言はみな、
ダビデにもアブシャロムにもそのように思われた。」(16:23)と説明されています。
その知恵に満ちた助言の例が記されています。アブシャロムがエルサレムに入った時、
アヒトフェルは「父上が
王宮の留守番に残したそばめたちのところにおはいりください。
全イスラエルが、あなたは父上に憎まれるようなことをされたと聞くなら、
あなたに、くみする者はみな、勇気を出すでしょう。」(16:21)と助言するのです。
当時の世界では戦いに敗れた王の妻を、新しい支配者が妻とするということがあったようです。
それは支配者の交代を内外に示すことになるでしょう。
アブシャロムがそれを実行することで、アブシャロム軍は謀反軍ではなく、
イスラエルの正規軍となります。これからダビデを追って討ち取ろうというときですから、
アブシャロムにつき従う者たちに仮に今まで後ろめたさを感じる者がいたとしても、
これからは討伐軍です。その指揮はぜんぜん違うものとなるでしょう。
実はこの出来事は、ダビデの姦淫の罪に対する刈り取りであって、
すでに預言者ナタンによって宣言されていたことでありました。
「主はこう仰せられる。
・・・あなたの妻たちをあなたの目の前で取り上げ、あなたの友に与えよう。
その人は、白昼公然と、あなたの妻たちと寝るようになる。あなたは隠れて、
それをしたが、わたしはイスラエル全部の前で、太陽の前で、このことを行なおう。」」
(12:11,12) 厳粛なことです。
そしてアヒトフェルは、ダビデ討伐の作戦をアブシャロムに進言します。
「私に一万二千人を選ばせてください。
私は@今夜、ダビデのあとを追って出発し、彼を襲います。
ダビデは疲れて気力を失っているでしょう。私が、彼を恐れさせれば、
彼といっしょにいるすべての民は逃げましょう。
A私は王だけを打ち殺します。
B私はすべての民をあなたのもとに連れ戻します。すべての者が帰って来るとき、
あなたが求めているのはただひとりだけですから、民はみな、
穏やかになるでしょう。」(17:1〜3) 知恵に満ちています。まず、
「時は今」、次に「敵は王ひとり」、そして内戦ですから、
敵兵も後にはアブシャロムの戦力になるはずなので傷つけないほうが得策です。
スキがありません。
先にダビデが「主よ。
どうかアヒトフェルの助言を愚かなものにしてください。」(15:31)
と祈った記事を見ました。そのときから神様は働いておられました。
フシャイを遣わしてくださるのです(15:32〜37)。フシャイは、
アブシャロムの助言を打ち壊すことと諜報のために、アヒトフェルと並んで、
アブシャロムに助言をするものとして仕えるようになります(16:16〜19)。
そして先のアヒトフェルの出撃についての助言のとき、
アブシャロムは念のためフシャイの意見も聞くのです(17:5、6)。
フシャイはダビデ軍の強さと手負いの熊のような状況であることを説明し、
アブシャロム自身が出陣し、全軍をもって壊滅すべきことを進言します。
時間を稼ぎ、ダビデを遠くに逃がし、ダビデの得意とする野戦に持ち込むためでした
(17:8〜14)。アブシャロムはこの作戦を採用します(17:14)。
「これは主がアブシャロムにわざわいをもたらそうとして、
主がアヒトフェルのすぐれたはかりごとを打ちこわそうと決めておられたからであった。
」(17:14)
ダビデは、ヨルダン川の東に逃げ、「アヒトフェルは、
自分のはかりごとが行なわれないのを見て、・・・首をくくって死に」
(17:23)ます。アヒトフェルは、たいへん頭のいい人でしたから、
彼の策略でない限りはダビデを打つことができないことをよく知っていたことでしょう。
であるならば、ダビデを裏切った限りは、もはや彼の生きる道はない、
とそこまで理解したことと思います。
ダビデはイエス様のひな型です。イスカリオテ・ユダはイエス様を裏切り、
そして首をくくって死にます。アヒトフェルもダビデを裏切り、
そして首をくくって死にます。そういうわけで、
アヒトフェルはイスカリオテ・ユダのひな型として考えられる人物です。
まさにぴったりだ、と感心していたら、実は私たち自身こそ、
神様を裏切ったものであることに気付きました。
アダムは神様のみこころを満たす存在として創られましたが、
そのみこころを裏切って、とって食べてはならないという木の実をとって食べてしまいました。
私たちもアダム同様、尊いみこころに従って生かされ、
天の恵み、地の恵みをいただいているものですが、感謝もせずに、
自分勝手に生きてきたものです。まさに神様のみこころを裏切ったものであったのです。
さて、アヒトフェルの裏切りを知ったダビデの気持ちはどうだったでしょうか。
このときのことについて、詩篇41篇と55篇に記されているのです。
「まことに、私をそしる者が敵ではありません。
それなら私は忍べたでしょう。私に向かって高ぶる者が私を憎む者ではありません。
それなら私は、彼から身を隠したでしょう。そうではなくて、おまえが。
私の同輩、私の友、私の親友のおまえが。私たちは、いっしょに仲良く語り合い、
神の家に群れといっしょに歩いて行ったのに。」(詩篇55:12〜14)
「私をそしる者・・・それなら私は忍べた」と言っています。
実際アブシャロムから逃げているとき、シムイというサウル家に属するものが来て
ダビデをののしりますけど、このときはダビデは意に介しません。
その処置は後に行います(T列王記2:8,9、36〜46)。
けれどもアヒトフェルの裏切りはたいへんショックでした。
なぜなら親しい友としてまったく信頼しきっていたからです。
ダビデの気持ちがはっきりとわかります。
アヒトフェルもイスカリオテ・ユダも自殺してしまいました。
彼らに回復の余地はなかったのでしょうか。
裏切った彼ら自身の罪はたいへん大きいものですから、
彼ら自身の何かによっては回復の余地はないでしょう。しかしダビデの勇士の名の中に
「ギロ人アヒトフェルの子エリアム」(23:34)
とあるのです。エリアムがしたことについての記事は聖書の中にありません。
けれどもダビデは父親の不義のためにその息子の功績を消すようなことのない人物でした。
であるならば、アヒトフェルさえ、もう一度悔い改めるならば、
ダビデの温情によって回復される余地はあったはずです。
私たち自身のことについて考えてみましょう。すでに考えましたように、
私たちは神様に背を向けて生きてきたものです。
確かにいまさら何か神の国のため大きな功績を残すなんてことはできません。
けれども神様に「ごめんなさい」と言って、あわれみを受けることはできるはずです。
これはたいへん大きなことです。アヒトフェルは自らその可能性がないと判断したわけですが、
私たちには、神様はチャンスがある、イエス様の十字架による救いがある、
と呼びかけてくださっています。
裏切りは、反逆罪は大きな罪ですけれども、
十字架に血の力はさらに赦しのために力あるものです。
どうぞいつまでも神様をショックの中においておかないでください。